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【ニュースリリース】《京都薬科大学・明治薬科大学》細菌を用いて安全にバイオ医薬品を生産することで医療費を削減する

京都薬科大学 (京都府京都市,学長:赤路 健一) 八尋 錦之助 教授は、明治薬科大学 (東京都清瀬市,学長:越前 宏俊) の鴨志田剛講師と森田雄二教授との共同研究により、細菌を用いてもエンドトキシン*1混入の極めて少ない組換えタンパク質*2を生産できる新規タンパク質発現システムを開発し、機能的な低分子抗体*3の生産に成功したことを、The National Academy of Sciences of the United States of America が出版する PNAS Nexus 誌に報告しました。本研究は、バイオ医薬品*4を安価に生産することを可能にし、高騰している医療費の削減に繋がることが期待されます。
 本研究成果は、国際連合が定めた「持続可能な開発目標(SDGs)」のうち、「3.すべての人に健康と福祉を,9.産業と技術革新の基盤を作ろう」に貢献するものです。
【本研究成果のポイント】
● LPS を完全欠損した細菌を組換えタンパク質発現宿主として,エンドトキシンの混入の極めて少ないタンパク質発現システムを開発
● 本システムを用いてバイオ医薬品に資する機能的な低分子抗体の菌体外生産に成功

【本研究の背景】
 近年、バイオ医薬品の発展は医療分野において大きな進展を遂げています。しかし、この技術革新には医療費の高騰という大きな課題が伴います。これらの製剤は、哺乳類などの真核細胞の培養細胞*5を用いるため、開発、製造コストの高騰を招いています。細菌を用いた発現系は培養細胞より遥かに安価であることから、バイオ医薬品の薬価低減を目指す上で極めて有用です。しかし、細菌を用いたバイオ医薬品生産の最大障壁となるのが、少量でも強力な炎症誘導活性を有するグラム陰性菌の細胞壁構成成分の LPS、つまりエンドトキシンの混入です。我々人類が今後発展を続けるためにも、安全で安価なバイオ医薬品の生産システムの開発が求められています。

【研究の内容と結果】
(1) LPS を完全欠損した細菌を発現宿主とした組換えタンパク質発現システムの構築
 Acinetobacter baumannii *6は、本来グラム陰性細菌の生存に必須であるはずの LPS を完全に欠損しても生存可能であるという非常に興味深い特性を有します。実際に、本菌株のエンドトキシン量を LAL (Limulus Amebocyte Lysate) アッセイ*7で測定したところ、エンドトキシン量は 0.03 EU/mL (OD600 0.1) と非常に低い値でした。飲料水のエンドトキシン量でも 3-15 EU/mL です*8。そこで我々は、LPS 欠損 A. baumannii を組換えタンパク質発現宿主として利用すれば、エンドトキシン汚染を完全に排除できるのではないかと着想しました。はじめに、すでにエンドトキシン汚染を軽減した大腸菌株として販売されている ClearColi*9 と比較しつつ、緑色蛍光タンパク質 (GFP) の精製を試みました。その結果、機能的かつエンドトキシン汚染を従来法 (ClearColi を宿主に使用) から約3桁減少させることに成功しました (図1)。



(2) 本システムを用いてバイオ医薬品に資する機能的な低分子抗体の菌体外生産に成功
 近年、細菌でも生産可能なラクダ科動物の重鎖抗体の可変部である VHH (Variable domain of Heavy chain of Heavy chain) 抗体*10をはじめとした低分子抗体が新規創薬モダリティとして注目されています。我々が構築したシステムでも、低分子抗体の発現は通常では困難でした。そこで,A. baumannii の Omp38*11 のペリプラズム移行シグナル*11を発現タンパク質に導入することで、VHH 抗体の菌体外生産を可能にできました。その結果、機能的でエンドトキシン混入量の極めて少ない重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2 (SARS-CoV-2) のスパイクタンパク質に特異的に結合する VHH 抗体 (0.26 EU/mg) および2022年に関節リウマチに対する国内初の VHH 抗体製剤として承認されたオゾラリズマブ (0.99 EU/mg) を培養上清から精製することに成功しました (図2)。オゾラリズマブは 30 mg を皮下投与で用いられるため、本研究では粗精製品にも関わらず、各国薬局方が定める1時間あたり 5 EU/kg 以下に十分適合しています*13
 以上のことから、細菌を用いても安全にバイオ医薬品を生産できる新規組換えタンパク質発現システムを構築できました。本研究成果は、高騰する医療費の削減に繋がることが期待できます。



【研究支援】
本研究成果は,以下の助成を受けて行われました.
・日本学術振興会 科学研究費助成事業科研費 若手研究 (B)(17K16230,代表:鴨志田 剛)
・日本学術振興会 科学研究費助成事業科研費 若手研究 (20K17475,代表:鴨志田 剛)
・日本学術振興会 科学研究費助成事業科研費 基盤研究(C) (24K10208,代表:鴨志田 剛)
・金原一郎記念医学医療振興財団 第35回基礎医学医療研究助成金 (代表:鴨志田 剛)
・杜の都医学振興財団 2023年度助成金 (代表:鴨志田 剛)
・京都薬科大学科学振興基金 研究助成金 (代表:鴨志田 剛)


【論文タイトルと著者】
タイトル:Development of a novel bacterial production system for recombinant bioactive proteins completely free from endotoxin contamination
著者:Go Kamoshida, Daiki Yamaguchi, Yuki Kaya, Toshiki Yamakado, Kenta Yamashita, Moe Aoyagi, Saaya Nagai, Noriteru Yamada, Yu Kawagishi, Mizuki Sugano, Yoshiaki Sakairi, Mikako Ueno, Norihiko Takemoto, Yuji Morita, Yukihito Ishizaka, Kinnosuke Yahiro
掲載紙:PNAS Nexus DOI: 10.1093/pnasnexus/pgae328


【出典・用語解説】
*1 グラム陰性菌の細胞壁の成分であるリポ多糖 (lipopolysaccharide: LPS) のこと。内毒素とも言われ、代表的な発熱物質です。
*2 遺伝子工学的手法により人工的に作られた DNA から転写、翻訳されたタンパク質です。
*3 通常の抗体分子から作製した部分断片のみの抗体です。
*4 生物学製剤とも呼ばれ、生物を用いて製造された医薬品のことです。
*5 人為的に生体外で培養されている細胞のことです。
*6 自然界に広く分布するグラム陰性球桿菌で、院内感染の原因菌となることもある細菌です。
*7 カブトガニの血球抽出成分を用いて、高感度にエンドトキシンを検出する方法です。
*8 DOI: 10.1016/j.watres.2018.08.009,DOI: 10.1016/j.watres.2003.08.016
*9 https://clearcoli.com/
*10 アルパカなどラクダ科動物の血清中から見いだされた特殊な抗体 (重鎖抗体) の可変部 (抗原と結合する領域) を利用した低分子抗体のことです。
*11 グラム陰性菌の外膜に存在する膜輸送タンパク質です。
*12 グラム陰性菌の外膜と内膜の間の領域であるペリプラズムにタンパク質を発現させるためのシグナルです。
*13 DOI: 10.1002/jps.21152,日本薬局方 エンドトキシン試験法


【関連リンク】
■京都薬科大学:
 https://www.kyoto-phu.ac.jp/
■明治薬科大学:
 https://www.my-pharm.ac.jp/
■PNAS Nexus(本研究成果掲載紙):
 https://academic.oup.com/pnasnexus

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